〔ギターノート 6〕
前の記事で、近年は女性ギタリストが活躍していると書いたが、趣味のギターを再開したころ、何十年ぶりかに行ったギター・コンサートが、アナ・ヴィドヴィチさんだった。
クラシック・ギターのコンサートはもともとあまり多くないが、私が住んでいる地方では日本の演奏家のものも少ない。そこにこんな国際的演奏家が来ていただけるというので、すぐにチケットをゲットした。
私がこの美しきギタリストを知ったのはユーチューブでだった。そのころはアントニオ・ラウロの曲などを華麗に弾く映像がアップされていた。棒高跳びのイシンバエワに似たきりっとした美貌と端正でなめらかな演奏で、すっかりファンになっていた。ラウロという魅力ある作曲家もこの時知った。
アナさんはクロアチア生まれで、世界中でもう1000回を超える演奏会を行っているとのこと。これはすごい数だが、なにしろ7歳でコンサート、11歳で海外公演、名だたる国際コンクールで優勝するなど、輝かしい経歴の持ち主である。王女のような美しいたたずまいで、多くの動画をアップしてくれている。その輝かしい経歴や優雅な雰囲気からは想像できないのだが、彼女が生まれた1980年以降のクロアチアは、それから21世紀まで、冷戦後の西欧で最も悲惨な紛争があった地域である。彼女がどんな経験をしたかは知らないが、多くの悲しみや困難をくぐり抜けながら音楽の魂を守ってきたに違いない。
さてアナさんの演奏会だが、場所は、まだ行ったことのない静かな地方都市。ホテルをとり、前日から行って体力を蓄え(まるで自分が演奏するみたいに)、晩秋の紅葉がきれいな会場に行った。演奏が始る前、席で奏者を待っている時間は至福の時間だ(久しぶりに思い出した)。曲目は、バッハ、スカルラッティ、タレガ、バリオス、武満、ポンセなどバラエティ豊かで、アンコールではラウロの曲もちゃんとあった。予想通りの端正で丁寧な演奏に感動。CDを買ってサインもいただいた。大家ぶったところはみじんもなく、とても感じのいい人でした。
季節の風景を楽しみながら地方をゆっくりドライブし、地図を見、見知らぬ町でホテルにたどり着き、美術館などを見て地元のレストランで食事をする。近年見つけた最高の贅沢に、その日はさらにアナさんのコンサートという、夢のような日だった。
新型コロナはいま、おさまるどころか、世界でも日本でも広がる一方である。外出や人への接近をできるだけ避けるという、さびしい世相になってしまった。演奏家の人たちもステージに立てず、もどかしい思いをしていることだろう。ついこの間までは、ちょっと思い立てば手に入れられた楽しみが、今ではとても輝いて見える。それらは恵みのように与えられてそこにあった、平和で美しい世界だったのだ。それを世界が皆で協力して、1日でも早く取り戻したい。
〔2020年8月〕