〔ギター・ノート 11〕
この曲を知ったのは、福田進一さんの名盤:JONGO(1996年)である。中南米の佳曲を集めたこのCDの中で、ピアソラやポンセの間に埋もれた地味な曲と思っていたが、そのいくつかのメロディー、特に『プレリュード』が頭から離れなくなり、またその構成やアイデアが面白いので少し調べてみた。
この曲は演奏会のレパートリーとして取り上げられることもあるようだが、楽譜が絶版のままということもあり(幸いネットで入手できるが)、やはり地味な扱いのようである。でも私にはなかなかの名曲・名作に思える。実際に譜読みをしながら弾いてみてそう思ったのだ。この曲は、弾いて楽しい曲、あるいは、聞いているときよりも弾いているときの方がもっといい曲、というのがあるとすれば、その部類かもしれない。
これは7つの小曲からなる組曲だが、CDで聞くと、全部通してもちょっと長めの曲といった感じで、アッという間に終わってしまう(もっとも福田さんのこのCDは繰り返しをせずに演奏されているので、半分の時間なのだが)。けれども楽譜では15ページもある。難易度はそれほど高くはないのだろうが、弾いてみると、聞いた感じや楽譜の印象よりも難しく、量的にもソナタに挑戦するような覚悟も必要である。でもそれが苦にならず、楽しくもある。
✻1. 福田さんの演奏は、軽快なテンポでさらりと、しかしラテンの熱い想いを核に込
め、言うまでもなく素晴らしい。
✻2. 今回、鎌田慶和さんが『セリエ・アメリカーナ』というCDを出されているのを見
つけ、注文した。偶然だろうが、福田さんのCDと同じ1996年である。鎌田さんは楽
譜通り繰り返して演奏されてるので、全曲で15分近くになる。
ギターのアメリカ小旅行
タイトルの Serie Americana とは「アメリカ・シリーズ」ということで、『南米組曲』とも邦訳されている。「南米の諸国を代表するスタイルの音楽を取り上げて一周の旅をするといった趣向の連作」(武村淳)で、中南米ギターの音楽スタイルに興味がある私にとっては嬉しい構成である。
作曲者:ヘクトル・アジャーラ/ Hector Ayala(1914-1990)(またはへクター・アヤラ)は、アルゼンチン・タンゴの第二の黄金期(1950年代)前後に活動したギタリスト&作曲家である。アニバル・トロイロと、彼が重視したギターのロベルト・グレラの時代〔✻3〕で、彼らとともに活動した。アルゼンチンタンゴにギターが重要な位置を占め、発展する時代でもあった。この曲は1961年の発表ということで、アジャーラが40代の円熟期の作品である。南米の伝統的な舞曲やリズムをベースとしつつ、60年代以降に始まる都会的な洗練の香りがする作品である。
✻3. 拙稿:ギターノート10 :トロイロとアリアスの「スール(南)」
この組曲は、前奏曲と、以下の6つの国の音楽スタイルから構成されている。
1. プレリュード(PRERUDO)
2. ショーロ/ブラジル(CHORO/BRASIL)
3. タキラリ/ボリヴィア(TAKIRARI/BOLIVIA)
4. グアラニア/パラグアイ(GUARANIA/PARAGUAY)
5. トナーダ/チリ(TONODA/CHILE)
6. ワルツ/ペルー(VALS/PERU)
7. ガトとマランボ/アルゼンチン(GATO Y MALAMBO/ARGENTINA)
1. プレリュード
どの国と特定されない「南米風ノスタルジー」を抒情的に歌った作品。美しいメロディーが、Am, Em, B7, Gなどの明快な分散和音で、清潔に展開される。簡素な構成ながら安っぽくなっていない。都市の静かな一角から、遠い土地へはせられる郷愁の歌のよう。全曲を聞いた後の「後奏曲」としてもう一度聞きたい感じ。
(この曲の雰囲気は確かに、米坂さんが指摘するようにA・ラウロに似たところがある。)
2. ショーロ/ブラジル
「ショーロ」とは…
これはギターの楽譜でもしばしば見かけてきたが、その定義やイメージがいまひとつはっきりしなかった。19世紀にブラジルのリオで生まれたポピュラー音楽のスタイルで、「西欧の室内楽にブラジルのリズムが加わったもの」「ヨーロッパ音楽(ワルツ、ポルカ、マズルカetc・・・)に黒人演奏家たちが独自の味付けを加えたもの」とある。 ― そうか、これをそのまま北米に置き換えれば「ジャズ」にあたるわけだ。しかし時期的にそれよりも早い。ポルトガル語の”泣き”(ショーロ)の情感を比較的ゆっくりしたテンポで歌ったのが原型とあるので、これもジャズと同じような感じで生まれている気がする。楽団形式だけでなく、ギターのソロ形式も多いが、ジャズと同じく、楽器編成や演奏スタイルも変遷した。
(いずれにせよ近代以降の南米や北米は、ヨーロッパの移民やアフリカの黒人が開拓してきたのであり、音楽も、それぞれの地域の風土と民族を反映しながら様々に変遷してきた。風土、民族、歴史が織りなすこの変遷(メタモルフォーゼ)は興味深く、このエッセーを書く動機になっている。でも、特に中南米のそれについての研究や文献は、意外に少ない。)
アジャーラは、この曲はで左のようなリズムを基調としている。
(その関連は分からないのだが)ショーロとついた曲にこのようなリズム展開が多い気がする。これにシンコペーションが入ったりすると、ボサノバでよくあるリズムにもなるので、ブラジルのポピュラー音楽の基調リズムかもしれない。いずれにせよアジャーラのこの曲をショーロというもののひとつの見本とすればいいのだろう。弾いてみるとハイポジションでの運指が意外に難しく、軽快なリズムで流れるように弾くには練習が必要だが、ハイポジションの音特有のまろやかな奥行が出たりと、弾いていて面白いので練習も飽きない。
3. タキラリ/ボリヴィア
「タキラリ」とは、ボリビアのサンタクルスで生まれた 2/4 拍子リズムの舞曲で、カーニバルにもよく使われるとのこと。そのような明るい雰囲気と、「インカ風の5音階のメロディ」が面白い。ボリヴィアの高原に色とりどりの三角旗が風になびいて、といった風景が浮かんできそうである。このメロディーやリズムにはたしかに「アジア的な雰囲気」(米阪)も感じられ、ひとごとではない懐かしさえ覚える(そういえば中南米のネイティブは、はるか昔、グレートジャーニーでアジアからやってきた人たちで、風貌も私たちに似ていますね)。
パラグアイは、ブラジル、アルゼンチン、ボリビアの間にある国で、日本ではあまり知られていないが、平原と森が広がる牧歌的な国とのこと。住民の多くに先住民のグアラニー族の血が流れ、その言語も大切にされている。それを偲び、讃えるものとして作られた歌曲が原曲になっている。バラード風のゆったりとしたこの曲は、プレリュードの雰囲気に似た郷愁を感じる。このシリーズの中でも好きな曲だ。六弦をDに下げるのだが、これはギターでは、抒情の深みをゆったりと響かせる効果もたらす。基調となるメロディは簡素ものだが、奏法が小刻みに変化するように工夫されていて、これも弾いていて楽しい。
✻ このノートは以下の記事を参照させていただいた。
・アジャーラ「南米組曲」(1)(2): 米阪ギター教室
・CD:鎌田慶昭『セリエ・アメリカーナ ― 南米ギター作品集』の曲目解説(濱田滋郎)
・CD:福田進一『JONGO』の曲目解説(武村淳)
〔2021年7月〕(練習はここまでなので、残りは後日)